在校生インタビュー「ハッタリのきかない場」
── まず自己紹介と、自分の研究分野や活動を教えてください。
隈元博樹:博士課程1年の隈元博樹です。学部時代からずっと横浜国立大学です。専攻は映画ですが、理論と実践、つまり研究と実作の両方をおこなっています。学部の卒業制作時に完成させた『Sugar Baby』(2011年)という作品は、国内外の映画祭で上映され、水戸短編映像祭では審査員奨励賞もいただきました。また修士課程の修了作品『夜明けとBLUE』(2013年)が、いまのところの最新作です。

丸山美佳:修士課程2年の丸山美佳です。現代美術の理論が専攻で、現在は主に「モダニズム」以後の作品を扱っています。私は学部が別の大学だったのですが、そのときから現代美術について研究をしていました。一見すると「わからない」と言われる現代美術ですが、そこには必ず歴史や文脈、作者の意図など様々な側面が存在しています。それを考察し、分析することで、新たな側面やその深みに少しでも近づくことが出来るのではいかと思い、そこに強い興味を感じています。

在校生インタビュー
── 丸山さんはなぜ大学院にY-GSCを選んだのですか?
丸山:現代美術の分野に関して魅力的な先生たちが揃っていることが、まず大きな理由でした。また学部時代は総合大学にいたので、実際に作品を制作している学生は身近にいなかったんです。でもY-GSCには、総合大学でありながら、制作者も研究者もいる。外部から見るとその環境はとてもうらやましかったし、単純にすごく楽しそうだなと思いました。

── ふたりは実際に入学して、何を感じましたか?
丸山:教授との関係がとても近いと感じます。それは「親しい」という意味ではなく、きちんと学生個人に対し向かって来てくれて、研究に対して踏み込んできてくれる、という意味です。また美術だけでなく他分野の教授たちもいるので、つねに自分の立場を省みる機会が与えられます。つまり「どうしてこの研究をおこなっているのか」という根本的な部分に、毎回立ち返らせてくれる。それは自分にとって本当に有益です。
たとえば文学部の大学院であれば、ある前提をすでに共有して議論などが進んでいくと思います。ところがここはまったく違う。その都度、前提を疑うように仕向けられます。自明なことは許されない。もちろんその分、良い意味でのプレッシャーがすごくあります。

在校生インタビュー 隈元:僕はY-GSCの1期生ですが、やはりポートフォリオ・コース*という、実制作の場に身を置けることが、いちばんの魅力でした。実際、機材も揃っていますし、同じく映像制作を志す学生もいて、良い環境が整っています。またスタジオ演習では学期ごとに発表があり、つねに他者の目に晒されるので、自分を客観視できるし、自己満足で映画を撮ることを回避できます。それに丸山さんが言ったように、異なる分野の教授や学生からのコメントも、普段とは違う「ツボ」を押されて、より思考を働かせてくれることが多々あります。

丸山:私は論文コース*ですが、研究以外にも、何か展覧会を観に行ったら、その批評を書いて、指導教授と議論しながら、感覚的に掴んだ事柄をきちんと言語化する訓練を受けています。私の文章は「伝わらない」と、よく教授からは言われるんです。なので、「伝える」ということを重要視していきたいと思っていますね。

隈元:「他者に伝える」ことの重要性は、僕も感じます。論文に関してはもちろんでしょうが、たとえば映画を作る際だって、協力者を得るために、まずは自分の言葉で企画を他者に伝える必要があるわけです。その意味でも、都市イノベーション学府全体の修了展である「IUI展」*は有意義だと思います。都市イノベーション学府全体の多様性を実感できますし、僕自身、普段交流のない学生たちの発表からさまざまな刺激をもらいました。

「夜明けとBLUE」「Sugar Baby」
── 自分の今後、そして将来をどのように考えていますか?
隈元:僕はY-GSCを卒業しても映画制作を続けていきます。ただ単に「つくる」のではなく、ここで培った自分なりの思考を実践のなかで応用して、それを自分の個性に繋げていくようなかたちで映画制作ができればと思っています。

丸山:私はもともとキュレーターや学芸員になることを念頭に置いていて、そのために芸術理論も作品分析の能力も必要なんだ、と考えていました。でも、そもそもキュレーターになるということはあくまで手段であって目的ではない、と最近は考えています。重要なのは、キュレーターになるための勉強ではなく、自分なりの何かを提示するための勉強ですよね。それがたまたま何かの職業のかたちを取るかもしれないし、取らないかもしれない。だからいまは具体的に「○○になる」というスタンスではありません。とにかく美術の世界に身を置いて、さまざまな作品に触れながら、それを人に伝えられる媒介者のような人間になりたいと考えています。

── ふたりとも「研究者」になろうという意思はないのですか?
丸山:もちろん研究者を志す学生たちもいますが、研究者になるためだけが目的ではありません。研究者を目指すにしても、学会に入って発表をして、学会誌や紀要に論文をできるだけ掲載して……、といったことが、Y-GSCで第一の目的にされているとは思いません。やっぱりそれらはひとつの手段でしかない。ここでは研究や実践を通じて、教授たちから人間そのものを見られているというか、最終的には「どう生きるのか」までが問いかけられていると思います。

──都市イノベーション学府の初代研究院長であった梅本洋一*さんはY-GSCを、「社会からあなたたちがここへ連れてきた『何か』を『形』にして、再び社会に送り出す──スタジオとは、そのための中継作業をする場です」(「Y-GSCスタジオを目指す人へ」)と記しています。ふたりの話を聞いても思いますが、Y-GSCは学生たちにとって、さまざまな思考の実験を可能とするラボのような場ではないでしょうか。
在校生インタビュー 隈元:まさにそうだと思います。ここには、ある意味で「何をやってもいい」という自由な空気があります。ただし自由の裏に責任があるように、ここでは求められる水準がかなり高い。

丸山:そうですよね。研究にしろ実践にしろ、ここでは小手先は通用しない。ハッタリはすぐに見破られます(笑)。「研究のための研究」や「理論のための理論」ではなく、論文にしても制作にしてもクリエイティヴな何かが求められるんです。Y-GSCはその訓練の場としてすごく魅力的ですよね。



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※註
ポートフォリオ・コース
Y-GSC内のふたつのコースのうちのひとつ。正式名称は「横浜都市文化コース」。このコースの大学院生は、在学中の制作・活動の記録をポートフォリオに集成させる。つまり作品(映像作品や美術作品)の制作と、制作意図の説明解説を記した小論文が必要となる。
論文コース
Y-GSC内のふたつのコースのうちのひとつ。正式名称は「建築都市文化コース(芸術文化領域)」。このコースの大学院生は自身の研究を修士論文に結実させる。
IUI展
正式名称は「横浜国立大学都市イノベーション学府(IUI)修了展」。Y-GSCが所属する「都市イノベーション学府」の、各学領域の論文・作品を集約して発表をおこなう、学生主体の展覧会。毎年3月に開催される。
梅本洋一
都市イノベーション学府の初代研究院長。映画評論家。専門は映像論、フランス演劇史。雑誌「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」元編集長。主な著書『建築を読む』(青土社)、『映画旅日記 パリ-東京』(青土社)、『映画=日誌 ──ロードムーヴィーのように』(フィルムアート社)。Y-GSCでは映画の研究指導および制作指導をおこなった。
2013年3月死去。